フリーランス翻訳4年目、仕事量は一気に増えました。年明けから欧米系・アジア系の依頼が重なり、3月だけで売上70万円。年間では370万円を達成しました。
特に3月は深夜2時まで作業する日が何日も続き、体力的にはかなりハードでした。
一方で、アジア系翻訳会社の定期プロジェクトにも参加し、毎月3〜5万円の安定収入が入るようになり、収入面では過去最高の年でした。
この頃、アジア系の仕事はドルでの支払いだったこともあり、為替の影響で単価が実質的に上がりました。
結果として、細かい案件が多い欧米系よりも、稼げる方へと仕事を寄せていき、以前から違和感のあった欧米系日本事務所の仕事はすべて断るようになりました。
売上は伸び、数字だけを見れば順調そのものでした。
ところが翌年、その流れが変わります。
依頼を断り続けたら、欧米系日本事務所からの依頼は完全にゼロになったものの、その海外事務所から直接依頼だけが入るようになりました。
アジア系の依頼は続いていましたが、夏頃からやり方が一変します。定期プロジェクトで提出する翻訳に対し、毎回レビューが入り、翻訳不備の原因分析レポート提出を求められるようになったのです。
修正しても、直しても、また赤が入る。それが半年ほど続き、やがてそのプロジェクトから静かに外されました。通知はありません。
ただ、仕事が来なくなっただけです。さらに他の案件でもフィードバックが返ってくるようになり、これまでほとんど評価を受けてこなかった私は、初めて自分の翻訳そのものを疑い始めました。
4年間、仕事は途切れず、依頼が来続けていたため、「このレベルで通用している」と思っていました。それが一気に崩れました。
フィードバックは翻訳者にとって避けられないものだと頭では分かっていても、突然まとめて突きつけられると、想像以上にきついものでした。
同時に、翻訳の仕事自体にも疑問を持ち始めました。時間も場所も自由で、誰にも管理されず、どこでも働ける。
これまで「天国のような仕事」だと思っていた働き方に、違和感が生まれ始めたのです。収入は伸びた。でも、心は確実にすり減っていました。
この年は、売上のピークと同時に、私の気持ちが折れ始めた年でもありました。